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イエメン — 内戦下で生き残るモカ・コーヒーの供給網

港湾封鎖・水不足・テロ指定——紛争が一次産品の輸出網に落とす影

「モカ」の名の由来となった港を持つイエメンでは、2014年からの内戦で港湾機能の低下や送金網の断絶が生産者を直撃する一方、Qima CoffeeやPort of Mokhaの取り組みが国際市場への道を切り開いています


この記事の要点

  • FAO/IFC報告書(2023年)によると、イエメンのコーヒー栽培面積は34,981ha(全耕作可能地の2.4%)、2019年の生産量は20,812トン
  • ICOの公開表では、2012/13〜2015/16年のコーヒー輸出量は平均35,253袋
  • UNDPの資料は、カート(qat)が農地の約15%、灌漑用水の約40%を使うとの推計を掲載(推計値は資料により差がある)
  • FEWS NETの2024年12月の更新は、報道に基づき、12月19日の攻撃に関連して紅海沿岸の港湾能力が70%減ったと記載
  • ACE公式の「Best of Yemen 2022」の結果では、アル・ジダン(Aljidan Community)のロットが27位・1ポンドあたり42ドルで落札
  • 2026年7月にはフーシ派がサウジアラビアに対する海上封鎖を宣言するなど、紅海航路の緊張は現在進行形
  • 2026年9月10日、フーシ派はモカ港自体を含む紅海沿岸の要衝を掌握したと複数の国際メディアが報じた(Al Jazeera、CNN、NPR)

Port of Mokhaの公式ストーリーは、創業者モクター・アルカンシャリの2015年の体験をこう紹介しています。サナアでコーヒー農家との商談を重ねていたさなかに空爆が始まり、彼はモカ港から小型の船で紅海を渡り、7時間かけてジブチにたどり着いた。持ち出した生豆のサンプルはSCAA(現SCA)のカッピングで90点超の評価を得て、ブルーボトルコーヒーが限定で扱ったという。いずれも同社自身の説明で、独立した資料での裏付けは確認できていません。

この逸話が象徴する通り、モカ・コーヒー発祥の地イエメンでは、コーヒーという一次産品と国家の機能不全が分かちがたく結びついています。本稿では、モカ・マタリの風味的な特徴ではなく、内戦がコーヒーの生産・輸出インフラに与えてきた具体的な影響と、それでも豆が国際市場に届き続けている仕組みを、一次資料に基づいて整理します。

アラビカの品種史とイエメン

「モカ」という呼び名は、17世紀以降に欧州の船が寄港した紅海沿岸の港湾都市アル・マハ(アル・モカ)に由来します(英国東インド会社の船のモカ入港は1609年。オランダは1616年にモカで季節的な交易を行い、常設の商館を置いたのは1621年)。

World Coffee Researchの品種史では、代表的な2系統のうちティピカはイエメンからインド・ジャワ経由で、ブルボンはイエメンからブルボン島経由で世界に広がったと説明されています。2021年の査読論文(Genetic Resources and Crop Evolution)は、エチオピア由来72点・世界の栽培品種20点・イエメンの育種集団45点の計137点の試料を解析して5つの遺伝的なまとまり(クラスター)を報告し、そのうち新しいまとまりは比較したエチオピアの集団と近縁ではないとしています。ただし、イエメンへの導入が1回だったか複数回だったかまでは結論づけていません。

内戦と生産・輸出

2014年、フーシ派がサナアを制圧し、2015年3月にサウジアラビア主導の連合軍が軍事介入したことで、イエメンは全面的な内戦状態に入りました。ICO(国際コーヒー機関)の公開表では、2012/13〜2015/16年のイエメンのコーヒー輸出量は平均35,253袋(60kg袋)です。

輸出の障害は、物理的な破壊だけでなく行政機能の停止にもあります。コーヒーを輸出するには農業省・商業省による原産地証明が必要ですが、内戦初期にはこれらの省庁機能が事実上停止し、証明書のない貨物は輸入国側で受け入れられない状態が続きました。ACTEDとEuropeAidは、ライマ県だけで1,600人超の生産者を対象に、製粉設備の投資や協同組合の再編、灌漑整備の支援に入っています。

FAOと国際金融公社(IFC)が2023年に公表した報告書は、より近年の構造を示しています。

指標 数値 年 出典
コーヒー栽培面積 34,981ha(全耕作可能地の2.4%) — FAO/IFC 2023年報告書
生産量 20,812トン 2019年 FAO/IFC 2023年報告書
輸出額 約2,020万ドル(農業輸出総額の約6%) 2020年 FAO/IFC 2023年報告書
主要輸出先 サウジアラビアが63%(約1,260万ドル) 2019年 FAO/IFC 2023年報告書
農家1戸あたりの平均生産量 年間114kg(平均保有面積0.3ha、約394本) — FAO/IFC 2023年報告書

農家が受け取る収入からは生産コストの41〜45%が差し引かれるとされ、栽培規模の小ささと物流コストの高さが、そのまま農家の手取りを圧迫する構造になっています。

港と送金網——輸出インフラの現実

内戦以降、コーヒーの物理的な輸出経路そのものが不安定です。フーシ派の実効支配下にあるホデイダ港など紅海沿岸の港について、FEWS NETの2024年12月のKey Message Updateは、報道に基づき、12月19日の攻撃に関連して港湾能力が70%減ったと記載しています。なお、FEWS NETの2024年10月の見通しにある「70%」は、2019年の商業食料輸入のうち紅海沿岸の3港(ホデイダ、サリーフ、ラスイサ)が運んだ割合で、別の数字です。

輸出業者の多くは、検問所での妨害や恐喝、貨物の押収リスクを避けるため、政府側が管理する南部アデン港を迂回ルートとして使っており、その分の日数とコストが上乗せされています。金融面でも正規の銀行網が機能不全に陥っているため、非公式な信用送金システム「ハワラ」に依存する取引が一般的です。

さらに政治リスクも輸出を左右してきました。米国は2021年にフーシ派(アンサール・アッラー)を「外国テロ組織(FTO)」に指定しましたが、同年2月16日にこの指定を取り消しました。2024年には別の枠組みである「特別指定グローバル・テロリスト(SDGT)」に指定し、FTOとしての再指定は2025年3月5日に発効しています。指定の有無が入れ替わるたびに、法的・レピュテーションリスクを警戒する欧米の輸入業者が調達を手控える動きが出ると報じられています。

2026年に入ってからも紅海の緊張は続いています。2024〜2025年にはイスラエル軍がホデイダ港のクレーンや物流拠点を空爆し、港湾インフラをさらに毀損しました。2026年7月にはフーシ派がサウジアラビアに対する海上封鎖を宣言し、紅海の海上輸送に新たな不確実性が加わっています。この封鎖はサウジ向け原油輸送を主な標的にしたものですが、同じ紅海航路をイエメン自身の商業貨物も利用しているため、地域の海運リスクが上がるほどイエメン側の輸出コストにも跳ね返る構造にあります。

水を奪い合うカートとコーヒー

輸出インフラに加えて、農地そのものを巡る競合も生産を圧迫しています。イエメンで広く消費される嗜好性植物カート(qat)は、UNDPの資料では農地の約15%を占め、灌漑用水の約40%を使うとの推計が紹介されています(推計値は資料によって差があります)。カートは収穫までの生育が早く即日換金できるため、水資源に乏しい高地の農家にとってコーヒーより手堅い収入源になりやすいのが実情です。

2025年の論文(International Journal of Life Cycle Assessment)の数値では、コーヒーは生豆1kgあたり0.13立方メートル、カートは1kgあたり5.35立方メートルの水を要するとされ、単純に割ると約41倍の差になります。UNDPはカートとコーヒーのバリューチェーン分析(2022年)をまとめ、カートからコーヒーへの転換の可能性を検討しています。

それでも国際市場に届く理由

物流・金融・農地のいずれもが逆風にさらされる中で、イエメン産コーヒーが国際市場から姿を消していないのは、専門にリスクを引き受ける輸出企業とオークションの仕組みが機能しているためです。

2016年設立のQima Coffeeは、当初1つの村・30戸の農家から始まった取引網を、55のコミュニティ・3,000戸超の農家まで拡大しました。同社がACE(Alliance for Coffee Excellence)と共同運営する「Best of Yemen」オークションは、Qimaの既存ネットワーク外の農家にも参加を開放し、品質評価に応じた割増価格を国際バイヤーに直接つなぐ仕組みです。ACE公式の2022年の結果では、例えばアル・ジダン(Aljidan Community)のロットが27位となり、132.1ポンドが1ポンドあたり42ドル(計5,548.20ドル)で落札されています。

冒頭で触れたPort of Mokhaも同様の役割を果たしています。同社は「モカ・メソッド」と呼ぶ買付け方式で、通常より33%以上高い価格を農家に支払う仕組みを採用しており、2017年にはイエメン産の単一農園ロットがCoffee Reviewで97点という高評価を獲得しました。米国では2017年創業のQahwah Houseやイエメン系カフェチェーンが複数州に店舗を広げ、消費者との接点を作ることで産地への関心と資金循環を維持しています。

農家の取り分という現実

これらの取り組みが埋めようとしているのは、国内市場と国際市場の価格差です。イエメン国内市場では、農家は生豆1kgあたり1〜2ドル程度でしか販売できないと報告される一方、国際市場に接続できれば1kgあたり8ドル前後まで受け取れるとされています。Port of Mokhaのようなダイレクトトレード型の買付けでは、この差にさらに33%以上のプレミアムが上乗せされる仕組みです。

専門店向けの生豆はすでに1kgあたり30〜80ドルという、コモディティ価格の8〜15倍の水準で取引されており、コーヒーの価格が3層構造で決まる仕組みや、パナマ・ゲイシャがオークションで高騰する構造と同様、希少性と品質評価が輸出企業を通じて価格に転嫁される点は共通しています。ただしイエメンの場合、その前提となる物流・金融インフラ自体が紛争によって恒常的に不安定という点が、他の希少銘柄と一線を画しています。

2026年、緊張は再燃している

2022年の停戦以降、フーシ派と暫定政府軍の主要な前線は比較的安定していましたが、2026年に入り緊張が再燃しています。3月にはフーシ派がイスラエルへの攻撃を再開し、7月にはサウジアラビアのアブハ空港への攻撃、それに続く海上封鎖宣言と、地域紛争が再燃するリスクが指摘されています。

人道状況も悪化を続けています。国連人道問題調整事務所(OCHA)が2026年3月に公表した「イエメン人道ニーズ・対応計画2026」では、人口の半数近い1,830万人が深刻な食料不安に直面していると推計され、22億6,000万ドルの拠出を国際社会に呼びかけています。しかし2026年7月21日時点での充足率は19%にとどまっており、WFP(世界食糧計画)はフーシ派支配下の北部での活動を治安・資金の両面から終了させています。

【2026年9月25日追記】 事態はさらに悪化しています。フーシ派は2026年9月3日から西部タイズ・南部ホデイダ・モカ市の3方面で攻勢をかけ、9月10日にモカ港自体を掌握し、続いて紅海の要衝マユン島(ペリム島)も押さえたと、Al Jazeera・CNN・NPRが相次いで報じました。モカはコーヒーの代名詞となった港湾都市であると同時に、バブ・エル・マンデブ海峡を扼する軍事・経済上の要衝でもあり、その陥落は紅海航路の不確実性をさらに引き上げています。

まとめ

イエメンのコーヒー産業は、貿易摩擦や関税といった経済政策上のリスクではなく、国家機能そのものの不全——港湾の物理的破壊、行政証明の停止、銀行網の断絶、テロ指定の政治変動——が一次産品の供給網を直撃する事例です。それでもコーヒーが世界に届き続けているのは、Qima CoffeeやPort of Mokhaのような輸出企業がリスクを引き受け、品質評価を通じた割増価格という形で農家に対価を還元する仕組みを維持してきたからにほかなりません。紛争下の一次産品輸出がどのように成立し、どこで途切れるのかを見るうえで、イエメンは最も観察しやすい実例のひとつです。


目的別に次に読む


訂正(2026-09-29): 品種名を「イエメン在来種(Yemenia/New-Yemen)」と記載していましたが、査読論文(Agronomy、2022年)で「New-Yemen」は研究上の遺伝グループとして報告されたもので、「Yemenia」を正式な品種とする根拠は確認できなかったため、品種名を「イエメン在来種」に改めました。あわせて、2025年のオークションで落札されたロットを「イエメニア種」と記載していた箇所も、品種名として確認できないため「ナチュラル精製のロット」に改めました。また、米国によるフーシ派のテロ組織指定について「2021年に指定し、バイデン政権下で一部解除された後、2024年3月に指定が復活」と記載していましたが、米国務省と米連邦官報によれば、2021年のFTO指定は2021年2月16日に取り消され、2024年の指定はSDGT(特別指定グローバル・テロリスト)という別の枠組みで、FTOとしての再指定は2025年3月5日に発効(官報掲載)していました。この経緯に改めました。追加の照合で、次の点も改めました。「15〜18世紀に世界のコーヒー貿易を独占」「世界に流通するコーヒーのほぼすべてがこの港を経由」と記載していましたが、同時代の資料で確認できるのは英国船の寄港(1609年)とオランダ商館の設置(1616年)までのため、「17世紀以降に欧州の船が寄港した港」に改めました。「2020年にWorld Coffee Researchが実施した遺伝子解析で、エチオピア以外のアラビカはいずれもイエメンの古代品種に由来」と記載していましたが、該当する解析は2021年の査読論文(Genetic Resources and Crop Evolution、サンプル137点・3つの遺伝的まとまり)で、「いずれも由来」とは結論づけていないため、論文の内容とWCRの品種史の説明に改めました。「2015/16年に生産量8%減・輸出量60%減、1990/91年以降で最低」は、ICOの資料で確認できなかったため削除し、ICOの公開表にある2012/13〜2015/16年の平均輸出量35,253袋に改めました。港湾能力の「70%減」を「ReliefWebが2025年1月に公表」としていましたが、FEWS NETの2024年12月の更新(報道に基づく記載)のため改め、確認できなかった「イエメン第2の貨物港」「食料輸入の約8割」は削除しました。カートの「地下水資源の最大4割」はUNDP資料の「灌漑用水の約40%」に改め、水量の比較「35倍」は5.35÷0.13の計算に合わないため約41倍に改めました。確認できなかったタイズ県の雇用「女性4,000人を含む43,000人」は削除しました。Best of Yemenの「2019年から」「2025年に1kgあたり1,878ドル」「3年連続で自己記録を更新」「33ロットの平均302ドル」は、ACE公式の結果で確認できなかったため削除し、ACE公式の2022年の結果(アル・ジダンのロットが27位・1ポンドあたり42ドル)に改めました。冒頭の逸話(両空港の空爆、7時間の渡航、SCAAでの90点超、ブルーボトルコーヒーの取扱い)は、Port of Mokha自身の説明であることを明記し、確認できなかった空港の状況やシアトルでのカッピングといった細部は削除しました。(オランダ商館の1616年の点は、2026-10-11の訂正で改めました)

訂正(2026-10-11): FAQと本文で「オランダ商館の設置は1616年」と記載していましたが、Journal of Global History(Cambridge University Press)掲載の論文は、1616年の季節的な交易と常設の商館を区別し、常設の商館の設置を1621年としていたため、「オランダは1616年にモカで季節的な交易を行い、常設の商館を置いたのは1621年」に改めました(イエメン モカ・マタリと同じ照合、Issue #337)。

訂正(2026-10-14): 2021年の査読論文(Genetic Resources and Crop Evolution)について「イエメンで栽培されるコーヒーのサンプル137点を解析」と記載していましたが、原論文で調べた137点は、エチオピア由来72点・世界の栽培品種20点・イエメンの育種集団45点の合計で、すべてがイエメンで栽培されるコーヒーではなかったため改めました。あわせて、同じ論文が報告した遺伝的なまとまりの数を「3つ」と記載していましたが、3つは試料の区分で、報告されたまとまり(クラスター)は5つだったため改めました。

参考文献・情報ソース

よくある質問

なぜイエメンのコーヒーは「モカ」と呼ばれるのですか
17世紀以降に欧州の船が寄港した(英国東インド会社の船のモカ入港は1609年。オランダは1616年にモカで季節的な交易を行い、常設の商館を置いたのは1621年)紅海沿岸の港湾都市アル・マハ(アル・モカ)に由来します。World Coffee Researchの品種史では、ティピカはイエメンからインド・ジャワ経由で、ブルボンはイエメンからブルボン島経由で世界に広がったと説明されています
内戦はイエメンのコーヒー生産にどのような影響を与えていますか
港湾機能の低下や検問所での妨害、正規の銀行網の機能不全が輸出コストを押し上げ、農家は域内価格と国際価格の大きな差に直面し続けています(Perfect Daily Grind、FAO/IFC 2023年報告書)
紛争下でもイエメン産コーヒーが国際市場に届いているのはなぜですか
Qima CoffeeやPort of Mokhaのような輸出企業が、南部アデン港経由の代替輸送ルートや農家からの直接買付けの仕組みを構築し、国際価格に近い対価を農家に還元しているためです。「Best of Yemen」オークションのように品質評価を通じて割増価格を実現する仕組みも、輸出継続を支える要因になっています

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