コーヒーの「2050年問題」を論文で確かめる — 半減するのは何か、何が変わるのか

一次資料

「適地が半分」の出どころと、研究ごとに違う数字の読み方

「2050年にコーヒーの栽培適地が半減する」という話の出どころは、2015年の学術論文と2016年の報告書です。Bunn・Grüter・Kathらの原著論文を読み比べ、何がどれだけ減ると予測されているのか、どの地域が影響を受けるのか、品種・森林保全などの適応策まで整理します


この記事の要点

  • 「2050年に適地が半減」の主な出どころは、Bunnら(Climatic Change、2015年)の「気候変動で世界のコーヒー栽培適地は排出シナリオを問わず約50%減る」という予測で、2016年のClimate Institute(豪州)の報告書が広めた
  • 予測の対象は「気候的に栽培に適した面積」で、2050年にコーヒーの生産量がゼロになるという意味ではない
  • Grüterら(PLOS ONE、2022年)は土壌条件も加えて計算し、2050年(2041〜2060年の平均気候)にアラビカの高適地が3つの排出シナリオすべてで50%超減ると予測した
  • Kathら(Nature Food、2022年)は空気の乾燥度(飽差)が0.82kPaを超えるとアラビカの収量が急減するとし、世界の気温上昇が2℃を超えるとこの閾値を超えるリスクが多くの国で急に高まるとした
  • 影響は低標高ほど大きく、エチオピアやケニアの高地など適性が上がると予測される地域もある。ただしその一部は森林地帯で、新たな開墾と森林保全がぶつかる
  • ロブスタも安全ではない。東南アジア798農場の10年分のデータでは、最適な年平均気温は20.5℃未満と従来の想定より低かった(Kathら、2020年)

「2050年にはコーヒーが飲めなくなるかもしれない」——日本では「コーヒーの2050年問題」という呼び名で、この話が繰り返し紹介されています。コーヒー会社のサステナビリティのページにも、ニュース記事にも登場する言葉です。ただ、「何が」「どれだけ」減るのかを原著論文までたどると、よく見かける言い回しとは少し違う姿が見えてきます。減ると予測されているのは「コーヒーそのもの」ではなく「気候的に栽培に適した土地の面積」で、その数字は研究によって対象も前提も異なります。

この記事では、2050年問題の元になった研究から最近の研究までを原著で読み比べ、予測の中身と限界、そして産地で進んでいる適応策を整理します。産地ごとの記事を「縦軸」とすれば、こちらは世界のコーヒー産地をまたいで気候の影響を見る「横軸」の記事です。コーヒーの価格が気候とどうつながっているかは、2026年のコーヒー価格高騰の記事でも扱っています。

「半減」の出どころをたどる

「適地が半減」という数字の主な出どころは、Bunnら「A bitter cup」(学術誌Climatic Change、2015年)です。現在コーヒーが栽培されている地点の気候条件を機械学習で学習させ、将来の気候予測に当てはめる方法で、アラビカとロブスタ(カネフォラ)の世界の栽培適地を推計しました。論文の要旨は、気候変動によって世界のコーヒー栽培適地が排出シナリオを問わず約50%減ると述べています。

この研究を一般に広めたのが、オーストラリアのシンクタンクClimate Instituteが2016年に発表した報告書「A Brewing Storm」です。Fairtrade Australia & New Zealandの依頼で作られたこの報告書は、Bunnらの研究を引用して「排出削減が進まなければ、2050年までに世界のコーヒー栽培適地は最大50%減る」と紹介しました。日本で「2050年問題」と呼ばれている話は、おおむねこの流れの上にあります。

ここで押さえておきたいのは、予測の対象が「気候的に栽培に適した面積」だという点です。適地が半分になっても、生産量が半分になるとは限りません。灌漑や日陰樹、品種の選び方で、暑さや乾燥の影響をある程度やわらげることはできます。一方でBunnらは、コーヒー農園は30年ほど使われるため、将来の気候への備えはすでに差し迫った課題だとも述べています。逆に、適地が残っていても、雨の降り方が変わったり病害虫が増えたりすれば収量は落ちます。「適地の面積」は、影響の大きさを測るための一つの物差しにすぎません。

研究ごとに違う「減る」の中身

2050年問題を説明する記事では、50%のほかに60%や75%といった数字も見かけます。たとえば75%は、Davisら(2012年)が野生のアラビカについて、2080年に気候的に適した面積がどれだけ減るかを予測した値の一つです(B2Aシナリオ、95%閾値)。これらは別々の研究の、別々のものを測った数字であることがほとんどです。主な研究を、対象と測っているものごとに並べると次のようになります。

研究 対象 測っているもの 主な結果
Davisら(PLOS ONE、2012年) エチオピアなどの野生アラビカ 生物気候的に適した地点・面積 2080年までに適地点数が約65%〜ほぼ100%減、面積は38%〜約90%減
Bunnら(Climatic Change、2015年) 世界のアラビカ・ロブスタ 気候的な栽培適地の面積 排出シナリオを問わず約50%減(2050年)
Ovalle-Riveraら(PLOS ONE、2015年) 世界のアラビカ 2050年代の気候適性 低標高と高緯度で低下。エチオピア・ケニアは上昇、インド・ベトナムは低下
Moatら(Nature Plants、2017年) エチオピアの栽培地 現在の栽培地が受ける気候変化 現在の栽培地の39〜59%が栽培に適さなくなるおそれ
Davisら(Science Advances、2019年) 野生のコーヒー属124種 絶滅リスク 少なくとも60%が絶滅の危機
Grüterら(PLOS ONE、2022年) 世界のアラビカ 気候+土壌を合わせた適性 2050年に高適地が3シナリオすべてで50%超減
Kathら(Nature Food、2022年) 世界のアラビカの収量 空気の乾燥度(飽差)と収量の関係 飽差0.82kPa超で収量が急減。気温上昇2℃超でリスクが急上昇

並べてみると、「栽培地」「野生種」「適地の面積」「収量」と、測っているものがそれぞれ違うことがわかります。たとえば「60%」は野生種124種のうち絶滅の危機にある種の割合で、畑の面積の話ではありません。数字を引用するときは、どの研究の何の数字かを確認する必要があります。

Grüterら(2022年)— 土壌を加えても半減以上

スイス・チューリッヒ応用科学大学のGrüterらは、気候に加えて土壌の酸性度や傾斜などの条件を組み込み、アラビカの適性を世界規模で計算しました。14の気候モデルと3つの排出シナリオを使い、2050年(2041〜2060年の平均気候)を予測しています。

結果は、最も適性の高い区分(高適地)が3つの排出シナリオすべてで50%以上減り、中程度の適地も31〜41%減るというものでした。同じ論文はカシューナッツとアボカドも分析していますが、3つの作物の中でコーヒーが最も脆弱と評価され、主要な生産地域ではマイナスの影響が優勢だったとしています。分析した主要4カ国(ブラジル・ベトナム・インドネシア・コロンビア)では、高適地の面積が48〜97%、中程度の適地が18〜51%減ると予測されました(いずれも適地の面積の変化で、生産量の減少率ではありません)。

一方で、ブラジル南部、ウルグアイ、アルゼンチン、東アフリカ、中国、インドなどの一部の地域では、主に最も寒い月の最低気温が上がることで適性が増すとしています。ただしこの研究はアラビカだけを対象にしているため、ロブスタが中心のベトナムの数字は「アラビカを植えた場合の適性」として読む必要があります。

Kathら(2022年)— 気温だけでは見えない「乾き」

これまでの研究の多くは気温と降水量を中心にしていましたが、Kathらは空気がどれだけ水分を奪うか(飽差、VPD)に注目しました。世界のアラビカの収量データを分析した結果、実が育つ時期の飽差が0.82kPaを超えると収量が急に落ちることがわかりました。

この閾値を超えるリスクは、世界の気温上昇が2℃を超えると多くの国で急に高まり、2.9℃上昇では世界のコーヒー供給の90%を占める国々で「超える可能性のほうが高い」状態になると推計されています。逆に言えば、気温上昇をどこで抑えられるかで、影響の大きさが変わるということです。

ロブスタも「強い」とは言い切れない

アラビカが暑さに弱いことはよく知られていますが、ロブスタ(カネフォラ)は暑さに強いので代わりになる、と説明されることもあります。Kathら(Global Change Biology、2020年)は、この前提を東南アジアの798農場・10年分の収量データで検証しました。

その結果、ロブスタの収量が最も高くなる年平均気温は20.5℃未満で、これまで目安とされてきた22〜30℃より1.5〜9℃低いことがわかりました。また、生育期の平均最低気温が16.2℃、平均最高気温が24.1℃を超える条件では、それぞれ1℃高いごとに収量が約14%低いという関係が、東南アジアの農場データから推計されています(世界の平均気温が1℃上がるごと、という意味ではありません)。同論文によると、ロブスタは世界のコーヒーの約40%を供給しており、著者らはこれまでの評価がその栽培可能な範囲を過大に見積もっている可能性が高いと指摘しています。ロブスタの大産地であるベトナムにとっても、他人事ではありません。

アラビカとロブスタの違いそのものについては、アラビカとロブスタの比較ガイドで整理しています。

どこで減り、どこで増えるのか

研究の多くに共通しているのは、低標高ほど影響が大きいという点です。緯度については研究によって結論が分かれます。Bunnら(2015年)は、アラビカはすべての緯度で適性が下がるものの、高緯度では低緯度ほど大きくないとしています。一方、Ovalle-Riveraら(2015年)は、世界全体では低標高と高緯度で適性が下がると予測しています。世界最大の産地であるブラジルと、2位のベトナムでは、栽培適地が大きく減る可能性があると指摘されています。ブラジルの天候が国際価格を動かす構造は、ブラジルのコーヒー経済と地政学の記事で扱いました。

一方、Ovalle-Riveraら(2015年)は、エチオピアとケニアの産地は2050年代に適性が上がると予測しています。赤道に近い南米でも、標高の高い場所は恩恵を受ける可能性があるとしています。ただし同じエチオピアについて、Moatら(2017年)は、現在の栽培地の39〜59%が栽培に適さなくなるほどの気候変化を受けるおそれがあるとしています。適地が「なくなる」場所と「新たに生まれる」場所が同じ国の中に両方あり、国単位で「安全」「危険」と分けることはできません。

ここで新たな問題も生まれます。Bunnらは、東アフリカやアジアで適性が上がる地域の一部は森林地帯にあり、温暖化対策と両立させるのが難しいと指摘しています。適地を求めて森を切り開けば、温室効果ガスを増やし、生物多様性も失われます。EUが森林破壊に関わる産品の輸入を規制するEUDR(森林破壊防止規則)の適用を予定している(欧州委員会によると、大・中規模事業者は2026年12月30日、小規模・零細事業者は2027年6月30日から)のも、こうした問題と無関係ではありません(ブラジルへの影響は上記の記事で扱っています)。

産地で進む適応策

予測が示しているのは「何もしなければ」の姿です。研究者や産地は、すでにいくつかの方向で対策を進めています。

1. 栽培地の移動と森林の保全

Moatら(2017年)は、エチオピアで栽培地を気候的に有利な場所へ移し、あわせて森林を保全・再生すれば、コーヒー栽培に適した面積を少なくとも4倍(400%以上)に増やせる可能性があるとしています。栽培地の移動は森林破壊と表裏一体ですが、森林の保全と組み合わせることで両立の道もあるということです。標高がコーヒーの味わいとどう関係するかは、標高と品質のガイドで解説しています。

2. 品種の切り替え

暑さや病気に強い品種への植え替えも、主要な適応策の一つです。中米では、異なる系統を交配した一代雑種(F1ハイブリッド)の導入が進んでいます。その仕組みや代表品種はF1ハイブリッド品種ガイドにまとめています。

さらに遠い将来の候補として注目されているのが、西アフリカの野生種コフェア・ステノフィラ(Coffea stenophylla)です。Davisら(Nature Plants、2021年)は、この種がロブスタやリベリカと同じような気候条件で育ち、アラビカより年平均気温が6.2〜6.8℃高い環境でも実をつける一方、風味はアラビカの上質なものに近いことを確かめました。自生地の一つであるシエラレオネの記事でも、この種に触れています。

3. 野生の遺伝資源を守る

新しい品種を作るには、元になる野生種の多様性が欠かせません。ところがDavisら(Science Advances、2019年)は、野生のコーヒー属124種のうち少なくとも60%が絶滅の危機にあり、45%はどの遺伝資源保存施設にも保管されておらず、28%は保護区での生育が確認されていないと報告しています。アラビカの故郷であるエチオピア南西部の森林については、エチオピア カファの記事で紹介しています。

まとめ — 「飲めなくなる」より「変わっていく」

原著論文をたどると、2050年問題の中身は「コーヒーが消える」というより、「どこで、どの品種が、どれくらいのコストで作られるかが大きく変わる」という話に近いことがわかります。

  • 「半減」の主な出どころはBunnら(2015年)の予測で、対象は栽培適地の面積
  • 研究ごとに測っているもの(栽培地・野生種・収量)が違うので、数字を比べるときは出典を確認する
  • 影響は低標高で大きく、高地では適性が上がる地域もある(緯度の影響は研究によって異なる)
  • ロブスタも暑さに対して想定ほど強くない
  • 栽培地の移動、品種の切り替え、野生種の保全といった適応策が研究・実践されている

コーヒーを選ぶとき、産地の標高や品種、農園がどんな栽培をしているかに目を向けることは、こうした変化を知る手がかりになります。この図書館では、産地ごとの気候や栽培の情報を記事に記録していきます。世界の産地を地域別に見たいときは、世界のコーヒー生産データも参考にしてください。


目的別に次に読む


訂正(2026-10-02): 「研究の多くに共通しているのは、低緯度・低標高ほど影響が大きい」と記載していましたが、緯度について共通の結論はなく、Bunnら(2015年)はアラビカの適性低下が高緯度では低緯度ほど大きくないとする一方、Ovalle-Riveraら(2015年)は世界全体で低標高と高緯度で適性が下がると予測しているため、共通点を「低標高ほど影響が大きい」に限り、緯度は2つの研究の結論を書き分けました(要約・FAQ・まとめも同様に改めました)。また、「60%、75%、80%といった数字も見かけます」と記載していましたが、80%を気候影響の割合として示す資料を出典の中で確認できなかったため削除し、75%はDavisら(2012年)の野生アラビカの適地面積の予測値(2080年、B2Aシナリオ、95%閾値)であることを明記しました。EUDRの適用開始日を欧州委員会の公式ページで確認して追記しました。

参考文献・情報ソース

よくある質問

2050年にはコーヒーが飲めなくなるのですか
論文が予測しているのは「気候的に栽培に適した土地の面積」の変化で、2050年に生産がゼロになるという予測ではありません。Bunnら(2015年)の予測は世界の栽培適地が約50%減るというもので、栽培地の標高・緯度の移動や、暑さに強い品種への植え替えといった適応策も研究されています。ただし適地が減れば生産コストや価格、産地の構成が変わる可能性は高く、影響は小規模農家に集中しやすいと指摘されています。
「適地が半減」という数字はどの研究のものですか
主な出どころは、Christian Bunnらが2015年に学術誌Climatic Changeに発表した論文「A bitter cup」です。アラビカとロブスタ(カネフォラ)の両方を対象に、機械学習で現在の産地の気候条件を学習させ、将来の気候に当てはめた結果、世界の栽培適地は排出シナリオを問わず約50%減ると予測しました。2016年にオーストラリアのClimate InstituteがFairtrade Australia & New Zealandの依頼でまとめた報告書「A Brewing Storm」がこの研究を引用し、「排出削減が進まなければ2050年までに適地が最大50%減る」と紹介したことで広く知られるようになりました。
気候変動の影響を受けにくい産地はありますか
複数の研究で、高標高の産地は低標高の産地より影響が小さいとされています。緯度の影響は研究によって結論が分かれます。Ovalle-Riveraら(2015年)は、エチオピアとケニアの産地は2050年代に適性が上がる一方、インドとベトナムは下がると予測しました。ただし同じ国の中でも地域差が大きく、「この国は安全」とは言い切れません。
ロブスタ種は暑さに強いので問題ないのではありませんか
ロブスタは暑さに強いとされてきましたが、Kathら(2020年)が東南アジアの798農場・10年分の収量データを分析したところ、最適な年平均気温は20.5℃未満で、従来の想定(22〜30℃)より1.5〜9℃低いことがわかりました。生育期の平均最低・最高気温が16.2℃・24.1℃を超えると、1℃上がるごとに収量が約14%減ると推計されています。

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